里山の景色は、そこに暮らす人たちによってつくられている

先日、疲労困憊の帰り道、ふと車のフロントガラス越しに見えた景色が、なんだか桃源郷のように見えて思わず車を止めた。
ここは私の家まで本当にあと少しという場所。

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田舎暮らしをしていると、里山の景色の美しさにはっとする瞬間が度々ある。
それは自然の景色ではなく、里山の景色。
誰かがちゃんと手を入れて、いつも美しく保ってくれているから成り立つ景色なのです。

里山をふらふらしていると、とても美しく手入れされている場所と、荒れ地となっている場所がある。
長年手を入れていない林の道などは、通るのもとてもこわい。
土地は、手を入れてあげればあげるほどに喜び、反対に放棄された土地はどんどんすねたような、嫌な気を発するようになる。

それはここに来てからすごく感じるようになった。
人も、土地も、やっぱり愛されて、大事にされると、やさしいオーラを出すようになる。
そんな感じ。

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でも、「荒れてる」と言うのは簡単だけど、何もそうしたくてしているわけではない。
人も少なくなり、高齢化で、もう全てに手を入れることは難しいのです。

「それでも出来る限りは・・」と手をかける。
それはその土地に対する愛情以外なにものでもない。
道ぶちに植えられたスイセンや菜の花のなんと多いことか。

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先日、私の暮らす地域で「なめかわまつり」という小さなおまつりがありました。
「なめかわ」は漢字で書くと「行川」。
行川は吉野川の支流でとても美しい川なのですが、普段は人が来ることなんてほとんどありません。
行川流域に暮らす人たちの「暮らし」の場所であって、観光地ではないからです。

でも最近では年に数回イベントなどを行って、地区外の方たちにも行川を知ってもらう機会がつくられています。
そのおまつりで、昨年から地元スタッフが行川周辺を無料で案内しているのですが、その道沿いには色とりどりのお花が咲き乱れるエリアがあります。

今回市内から参加してくださった方は「まるで植物園みたい!」と感動されていました。
私も毎年その道を歩いて、その景色に感動します。
でもこれも個人の方が、自分の敷地にたくさんの花を植えて手を入れているものです。

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車のフロントガラス越しに見える景色を眺めながら、まだ荒地も少なかった頃の我が家周辺、どれだけ素晴らしい景色が広がっていたんだろうか・・と思いをめぐらし、いつかそんな景色に戻したいという気持ちが湧きあがってきます。

そんな壮大な野望を思い浮かべていると、ふと冷静にもうひとりの自分の声。
「まずは家の前の畑ちゃんとしろ」

( ;∀;)

はい、がんばります。

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